1: 名無しさん@ 2022/10/04(火) 15:25:01.76 ID:kuYMHS900
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私はトー横キッズのミキ(仮名・17)に出会った。彼女は母からネグレクトされ、母の再婚相手からは虐待を受けていた。
家出をし、ネットカフェで暮らす毎日。
生活資金は売をして、得ていた。
夜になれば、仲間たちとストロング缶を飲み、市販薬の大量服用でハイになってそのまま路上で眠る。
そんな破滅的な生き方を見て、筆者はいつしか、かつての自分の姿をミキに重ねるようになっていた。
昨年の11月、歌舞伎町のラーメン屋で食事をしていると、彼女はこう笑顔で話した。
「毎日、そろそろ死んでもいいかな~と思ってるけど、ここのラーメン食えるなら生きてていいやって思う」
その店は彼女のお気に入りだった。
ほとんど2日に1回通っていたし、私も週に1回くらいは一緒に食べに行った。
当時は私も適当に相槌を打っただけで、いつも通りのことを言っているな、と流していた。
その一ヵ月後、珍しくミキから電話がかかってきた。
夜の22時を過ぎたころだった。
「あのね、なっちゃん(筆者のこと)とよく行ってたラーメン屋さん、違う店に変わっちゃうんだってー」
ミキが自殺したことを知ったのは、その1週間後だった。
どうやら、最後の電話相手が筆者だったようだった。「なんとなく死にたい人」はSOSを発信しない。
ほんの少しのトリガーでも、生きることへの意味を失う。
ミキと世界を繋ぎとめていたのは、トー横という場所、そしてお気に入りのラーメン屋だった。その「定点」を失ったとき、彼女はあっさりと死ぬことを選んだ。
彼女の死を知ったとき、私は言うまでもなく激しく後悔をした。
なぜ、最後に電話をかけてきたとき、なぜすぐに会いにいかなかったのだろうか。
お気に入りのラーメン屋はチェーン店だ。
電車に乗り、2つ先の駅にもあることを教えて、なぜ連れていってあげられなかったのだろうか。
ミキの死後、一度だけ彼女の母親に会いに行ったことがある。私がした質問は一つだけだ。
「ミキがラーメン好きだって知ってましたか?」
母親は顔を俯けて、こう悲しげに答えた。
「そうだったの。思えば、私とミキがまだ2人で暮らしていたとき、ほとんど毎日一緒にインスタントラーメンを食べていた気がするわ」
ラーメンはミキが唯一感じることのできた「親の愛」だった。
そして、ラーメンを食べることが、破滅的な生活のなかで見つけた小さな「生の喜び」だった... (略)
引用元ソース
お気に入りのラーメン屋が閉店したから…「なんとなく死にたい」と語っていたトー横キッズが「自殺直前に話したこと」(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/325549cb80adb6920b2d057c8773c1b1dee13487
【トー横キッズ(17歳 女性)、お気に入りのラーメン屋が閉店したから自殺】の続きを読む